今村祐嗣のコラム

マイクロ波とユビキタス

前ページから  マイクロ波の利用というと、すぐ思い出すのは電子レンジで、この場合は中にいれた物が周囲から発信された電波を吸収して振動し、その時の摩擦で電波のエネルギーが熱に変換される仕組みになっている。特に誘電率の高い水(一般の物質の中でも誘電率が高いとされる陶磁器に比べても約10倍)は、電波を吸収して温度が上がりやすい傾向をもっている。一般的にマイクロ波は、テレビのUHFに使用されている極超短波より波長の短い電波を指していて、電磁波としては遠赤外線までの間、周波数ではギガヘルツ(波長ではデシメータからサブミリ)領域のものを総称している。マイクロ波は直進性にもすぐれていることから、位置決めや速度測定に用いるレーダー技術や携帯電話にも広く利用されている。
 かなり昔のことになるが、当時同じ研究仲間であった則元京大名誉教授(現、同志社大学教授)らとマイクロ波加熱を利用した曲げ木を研究したことがある。水を含んだ木材を電子レンジの中で加熱して乾燥と同時に曲げ加工するもので、従来の方法に比べてより大きな変形が可能になった。写真はスギ材を加熱して型に沿ってかなり小さな曲率にまで曲げ加工し、乾燥固定後に湾曲内側の圧縮部分を観察したものである。木材の細胞壁自体が折れ曲がるように波状にしゅう曲し、しかも変形は圧縮破壊と異なり細胞壁に均等に分散していた。このしゅう曲が圧縮破壊と異なるのは、再度水分を吸収させると曲げ加工した材は直材に戻り、細胞壁の”しわ“もほとんど消失したことで証明されている。すなわち、マイクロ波加熱によって木材細胞壁のマトリックス成分が軟化し、変形が容易に生じたものと解釈された。擬音語表現の得意な則元教授が、“木がぐにゃぐにゃになった”と当時表現されていたことを憶えている。  現在、われわれの研究仲間ではこのマイクロ波を木材成分の糖類への変換の前処理法として利用する研究も行っているが、
+++ ユビキタス電源による無線電力空間(京都大学生存圏研究所原図)
微弱な電磁波を用いてエネルギー伝送を行い、ある空間内の至るところでIT機器をバッテリーレスで駆動させるシステム
一方で住宅内でのユビキタス電源にも使っていこうという試みもある。最近、時々耳にするようになったユビキタス(いつでも、どこでもという意味)であるが、部屋の壁の内側などに電波発信機を埋め込んでおき、ここから発信されるマイクロ波を受信して電気に変換して電源として利用しようというものである(図を参照)。このマイクロ波による電力伝送では直流電力への変換が不可欠であるが、大型レクテナ以外にチップ状の変換素子を用いた小型のものも試作されている。
 研究所が統合になってから、従来木や森という目に見えるものしか扱ってこなかったものが、電磁波という目には見えず、数式でないと解決しないものも身近な存在になり、まさに頭もユビキタスに活性化された状態になってきている。