今村祐嗣のコラム

分布境界線

ウォレス線というのをご存知だろうか。インドネシアのバリ島、ロンボク島の間から、スラウェシ島の西側の海峡を通り、フィリピンのミンダナオ島の南に至る生物の分布境界線のことである。この線より西は東洋区の生物が分布し、東にはオーストラリア区の特徴をもつ生物が分布することから分けられた境界線である。もともと西側のバリ島やボルネオ島は陸続きであったことからアジア大陸型の生物が分布していたが、東側のパプアニューギニアやオーストラリアとは今よりかなり海を隔てていたので、生息する生物が異なるというのがその根拠になっている。  こういった分布境界線は、生息環境に対する生物の適応能力によって分布が限定されることから生じるもので、温度、特に低温に対する生理的能力によって限界が示されることが多い。わが国においても、年間最低気温が-3.5℃の線を分布境界線として、熱帯系の、耐寒性の弱い生物の北限とされることがある。 ところで、日本には20種くらいのシロアリの生息が報告されているが、経済的に重要な種類はイエシロアリとヤマトシロアリである。イエシロアリは地中に巣を構築して、土の中に蟻道と呼ばれるトンネルをつくって移動し、ひとつのコロニーの個体数は100万頭を越えるといわれている。世界のシロアリの仲間でも住宅などに大きな被害を及ぼしている暴れ者で、その分布は南西諸島から沖縄、九州、四国、瀬戸内地域から近畿南部、東海、関東の太平洋岸となっている。 このイエシロアリの分布北限というのが以前から日本地図の上に落とされていて、神奈川、東京、埼玉、茨城辺りを結んだ線から南ということになっている。ちょうどこの線が1月の平均気温4℃の線に該当する。もちろん分布域であっても海岸線から離れた内陸部や標高の高い地域で生息が認められることは少ない。また、分布の拡大には羽蟻の群飛によって広がることがまず考えられるが、人為的な行為によって運び込まれる可能性もよく指摘されている。 ヤマトシロアリは多くの場合木材の中に巣をつくって行動するが、個体数はイエシロアリより少なく1コロニーあたり数千から1万頭くらいである。このシロアリの仲間は、世界でもっとも北まで分布しているグループであり、わが国では本州以外に北海道の旭川市でその生息が確認されたのを皮切りに、最近ではさらに北上し名寄市においても発見されている。このヤマトシロアリの分布は、ちょうど1月の平均気温-4℃の線を北限とされることが多い。 こういった劣化を引き起こす生物の分布は、ハザードマップとして建築物等の劣化外力の想定を行う場合に重要である。分布境界線は気候の温暖化の影響で北上していく可能性もあるが、実際の被害は住宅工法の違いによって影響されることもよく指摘されている。発泡系材料によって外断熱された場合、シロアリの侵入を促す例はその一つであろう。