今村祐嗣のコラム

地球温暖化防止と社寺建築

京都議定書は、2008年から5年間の温室効果ガスの削減目標を定める一方、森林によるCO2吸収量の算入を認め、わが国の削減目標6%に対して3.8%、1300万炭素トンまで森林の吸収量を目標達成のために利用できるようにした。ただ、森林による吸収量のうち京都議定書における森林吸収源として計算の対象にできるのは1990年以降に新たに森林になった場所、森林経営が行われている場所等であり天然林や放置された森林はその対象にならない。森林総合研究所が、現在の森林と期首の森林の蓄積量を炭素量に変換し、その差から吸収量を算出すると、わが国の2005年度の森林による炭素吸収・排出量は2,400万トン、そのうち京都議定書の対象となる森林は960万トンになると報告している。胸周りの直径が20cm、高さ10mの35年生の1本のスギの木(幹はもちろん枝葉、地下部を含めて)は68kgの炭素を固定しているという。森林による炭素固定を向上させるには若い元気の良い(CO2を旺盛に固定する)森林を育成する必要があるが、そのためにも積極的な木材利用が求められている。


われわれの研究所に昭和の修理の際に標本として切り取られた法隆寺五重塔の心柱の円盤が保管されている。この円盤は柱の根元近くから採取されたものであり、かつ樹皮近くの部分が周囲についていることから、樹齢350年以上のヒノキと推定されている。ところで、この五重塔心柱の木材は実に1400年以前に光合成によって当時の空気中のCO2が変換されたものであり、木材成分としての炭素は現在までその間放出もされずに固定され続けてきたものである。建立後、もし、腐ってしまったり、燃えてしまえば、それらの固定化された炭素は即座に空気中に放出されていたであろう。木材をできるだけ利用する、利用するならば長く使う、これが木材側の視点でみた地球温暖化防止の有力な方策である。まさに歴史的建造物は長期間にわたり木材中で炭素を固定してきたという意味で、地球温暖化の防止に寄与しているといえる。


さて、世界最古の木造建築物である法隆寺を千年以上にわたって支えてきたのは、木材の驚異的な耐久性であるといえる。木材は、腐朽や虫害が生じなければ強度低下はほとんどなく、その耐久性は最新のニューマテリアルさえも及ばず、それを実際の時間軸で証明しているのがこれらの古い木造建造物といえる。ところで、木材の場合、腐れやシロアリの被害は年数がかなりたっても全く発生せず耐久性が維持される反面、わずか数年で被害が進行する場合もあるのも事実である。建立から永い歴史をもっている日本の社寺建築では、耐朽・耐虫性のある樹種の使用とともに、水への配慮をした構法と十分な保守管理によって耐久性が確保されてきたともいえる。


木材の腐朽や虫害など生物劣化に対する抵抗性について特筆すべき点は、樹種や部位によってばらつきがきわめて大きいということである。すなわち腐朽に対する抵抗性を意味する耐朽性についていうと、各樹種の組織構造、比重や硬さなどの物理的性質、あるいは化学的性質によって左右される。もちろん同一樹種であっても、一般的に中心部の着色した心材(赤身)が、周辺部の辺材(白太)よりも耐朽性が高く、抵抗性の乏しい辺材については樹種間にほとんど差異はない。また、同じ樹種であっても、樹齢や育林方法、産地間においても違いがみられることがしばしば指摘されるところである。このうち耐朽性にもっとも関係が深いのは心材に存在する抽出成分である。ベイスギが腐りにくいのはポリフェノール類の存在によるものであり、ヒノキの耐朽性はテルペンの一種であるツヤプリシンによっている。その中でも抗菌性の高いβ-ツヤプリシンはヒノキチオールと称され、タイヒ、アスナロ、ネズコという樹種に含まれている。こういった成分は樹木の成長にあわせて心材の細胞内に蓄積されたものである。


ところで、木材の耐朽性の大小は経験的に知られているが、では実際に何年腐らないかという問いに答えることは難しい。これは通常の場合、水分、温度といった使用環境によって劣化の速度が支配されることによる。特に腐朽の開始と進行には木材中の水分状態が大きく影響する。したがって、建物を腐れから防ぐのは水分管理をどうするかということと同義でもある。しかし、長期間の使用によって雨水の浸入、結露の発生、時には生活用水の漏れが発生することは、われわれが常に経験するところである。一方で、わが国は先進諸国の中では雨量、特に高温期の降水量が多い地域に位置している。その観点からも、劣化の発生をチェックし、保守を行っていくことはきわめて重要である。


建築研究協会は昨年から歴史的木造建造物の耐震と劣化診断の講演会を開催している。この目的とするところは、ともすれば放置されがちな既存の社寺建築の耐震性の大切さを喚起し、同時に木材の劣化診断に対する意識を高めてもらうところにある。


歴史的建造物である社寺建築は地球温暖化防止にも寄与していることを認識し、木材の早期の劣化を防ぐことの重要性を改めて指摘しておきたい。